・・・熊野ツアーの二日目は 早々に明けるのであった。
私は典型的な夜型人間のため、子どもの頃から 朝は本当に弱い(>.<)
朝食はぎりぎり食べられるリミットまで 布団にいたのでした。
9時10分ごろ、ようやくご飯に行ったら私が最後だった(汗)
「みんな、眠くないのー?」と聞いたら 口々に 旅館の朝風呂に
入ったとか 小船に乗って 洞窟風呂に行って来た、とか(@.@)
・・・それに 朝ご飯だって時間の10分前にはすでに皆さん、
入り口で 並んでいたとか。
そうか、ほとんどの方は 主婦だから朝は早いものね・・・(納得)
とかなんとかいってる間に 10時になり、バスに乗り込みました。
2日目、最初に尋ねたのは、「熊野速玉大社」
ここは、イザナギの尊をお祀りする神社です。
参拝客も少ないので、拝殿に上がって、ご祈祷をして頂くことに。
神主さんに、「神恩感謝」と「心願成就」の祝詞を上げていただき。
同時に熊野三山についても、教えて頂いた。
熊野那智大社は現世、速玉大社は過去世、熊野本宮大社は来世を
表し、熊野三山を廻ることで、この三つをリセットして、
新しいスタートを切る、旅立ちの意味があるそうです。
熊野権現、というのは神様は姿を現すことができないので、
権現=姿を表す ために、仏となって現れるのだそうだ。
(だから那智大社では神社とお寺が 仲良く 隣同士)
・・・速玉大社さんは、新しくて朱塗りの本殿も綺麗で、オススメです。
この速玉大社から、熊野本宮大社への道すがら、山の上に、
片倉神社という、小さな神社があります。
ここは今回、参拝を断念したのですが、どうも「熊野の大元」と
呼ばれているのが、この神社らしいです。
538段もの階段を上がって、その上にどーんと置かれている(?)
ご神体は 隕石が落ちてきたとも、UFOが置き土産にしたのかも、
とも思えるような、不思議な巨大な石。
片倉神社のご再伸が、新潟の弥彦神社と同じ
高倉氏の命=アメノカグヤマノミコト なのだそうです(^^)
バスの窓から、少しだけ眺めることができたので、拝ませて頂きました。
そして熊野本宮大社へ。
この神社が現在の場所に移ったのが明治22年のこと。
洪水のため、流されてしまったそうです。
流される前まで神社があった場所は 現在、大斎原(おおゆのはら)と
呼ばれていて、芝生と林の緑が美しいエネルギースポットです。
大鳥居が目印です。本宮大社に向かう前にぜひこちらもオススメです。
大斎原の一角で、マスターのメッセージをチャネリングしまして、
高倉氏の命=アメノカグヤマノミコト が お話をして下さいました。
・・・それにしても 陽射しが暑くて、まるで夏のようです・・・。
そして本宮大社にいよいよお参り。
ここはスサノオの命さまの神社です。
和歌山を紀の国、と呼ぶのは、「木の国」から。
なんでも、世の中が荒れているのを憂いたスサノオさまが木をたくさん
植えたのが 始まりだとか。
そうですねー、熊野の緑は 深いです・・・。
熊野では 足が三本ある 「ヤタガラス」が有名なのだそうで、
勝利への道へと導く、といういわれがあるそうです。
日本のサッカーチームのエンブレムにも使われているそうです。
本宮大社では、サッカーのユニフォームなんかも売っていて
面白かったです^^?
ここはもう、時間もゆっくりだったので、のんびり、ゆったりと
皆さん お参りしていましたね・・・。
熊野三山は その昔、「蟻の熊野詣で」と言われていたほど、
尋ねる人が多かったそうです。
伊勢へのお参りと並んで、人々が訪れたそうです。
それもそのはず、熊野神社の歴史は2000年、
という時間を簡単に経ることができます。
日本というのはつくづく、歴史のある国なのだ・・・と
改めて感じたのでした。
連綿と続いてきた歴史を、伝え続けていくのと同時に
この場所は 「新たな世界」への旅立ちの場所です。
熊野は 「黄泉の国」、そこを尋ねることで
「黄泉がえりーよみがえり」をすることができる。
なるほど、新しい旅立ちの場所にふさわしい力を
持っているのですね・・・。
ちょうど、先月の4月20日の満月の日に
この熊野ツアーに出かけていました。
そして今日は、5月20日の満月。
この一ヶ月の間に、いろいろなことが
「新しく」なっていったように思います。?
12名の皆さんと本当に楽しい、素敵な時間を過ごしました。
お世話になった皆様に本当に感謝です(^^)
また皆さんと どこかでご一緒できますことを
楽しみにしています♪
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