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◇●◇「刷り込み」
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人の思い込み、刷り込み、というのは手ごわいものである。
こうだ、と思い込んでいると、どんなに新鮮な情報が来ても、
それが別な音になって聞こえてしまう。
本当の音、真実の音も、微妙な周波数のずれによって
全く違った音になって、不快な音に変わってしまうのだ。
正しい情報がやって来ていても、
今の自分には関係ない、と思っていたら、それまでである。
「自分流の耳」で、いくらいい話を聞いても、
それが奥の奥まで届かなければ意味がないのだ。
“ずれ”というのはそこから生じるのである。
しかし、ずれの度合いは、人それぞれだ。
これがまた厄介なのだ。
皆、自分が正しいと思っている。
それがすれ違いの元である。
ここ何年か、「今の自分にとっては」という基準で、
習慣になっていたことがあった。
実は、それが間違いではなかったかと、
先日、はたと気付いたのだ。
・・・しまった。
もしかしたら、何年か分を、遠回りをしてしまったのかもしれない。
でもね。
それによって、より深く気付き、学ぶ機会を得たのだと
思い直すことにした。そしたら、その何年間かは、無駄にはならない。
むしろ、気付くまでに必要な時間になるのである。
素直に、そう思うことにした。
そう、人生には何度でもやり直しも、リセットもできるのである。
そうやって、人は 自分にかけた「刷り込み」を外して、
いろいろな転機を迎えていくのだと思う
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